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礼拝説教

7月24日 礼拝説教

訓読:聖書「マタイによる福音書19:21〜26」
21)イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
22)この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。
23)それからイエスは弟子たちに言われた、「よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。
24)また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。
25)弟子たちはこれを聞いて非常に驚いて言った、「では、だれが救われることができるのだろう」。
26)イエスは彼らを見つめて言われた、「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」。

題目:「狭き門」
 今日のみ言をみると、お金持ちは天国に入ることが難しいと感じますね。らくだが針の穴を通ることはあまりにも現実的ではないですね。なぜらくだなのでしょうか。イエス様が使ったであろうアラム語では、「ラクダ」と「ロープ」が同音語とのことです。福音書がギリシャ語で書かれる時、ロープを「らくだ」と誤訳したという説があります。もしその説が正しければ、少し現実的になりますが、やはりロープを針の糸に通すということは不可能なことように思えます。しかし方法があります。ロープは細い糸の集まりなので、ほぐしていけば、細くなった糸を通すことは可能なのです。すべての細い糸を捨てて、魂という一本の細い糸のみが針を通ることができると考えることができます。
 では、どうすれば天国に入れるでしょうか。統一教会では「ために生きる」ことを重視しています。では貧乏人はどうでしょうか。貧乏人は他人から施しを受けなければ生きていけません。そう考えると、「ために生きる」とはお金のことが問題ではなく、魂の問題のことを言っているのです。
 裕福で何不自由なく完璧な人を伝道しようても難しい、無駄ではないかと考えるかもしれません。しかし、そのような人も霊界に行くときは何も持って行くことができないのです。霊界に行くとき、今まで持っていた名誉や財物は一切捨てていくのです。狭き門を入るには私の持っているすべてのものを人に与えるという精神が必要なのです。
 今日のみ言は青年が対象となっていますね。青年であればすべてを捨てを捨てていくことができますが、壮年婦人の皆様は生活圏があります。霊界に行くとき、魂だけが残るので、すべての物を公的に扱っていくという精神が必要になります。皆様、統一教会に出会って今年で何年目になりますか。初心を忘れて、毎週礼拝参加が習慣的になっていないでしょうか。真の愛を実践したという実績を持って毎週の礼拝に参加しているでしょうか。そのような心情を持って今週一週間を出発して参りましょう。