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礼拝説教

1月13日 礼拝説教

訓読:「地上生活と霊界」
 今日、人々は、自分の生活を中心として、善悪の分岐点と公私の分岐点で、内外にひっくり返って行ったり来たりして、結局は私的に溺れる場合がたくさんあります。しかし、そのようになれば、滅びるのです。ですから、過去は私的な生活であったと悔い改め、再び公的な生活のためにこれを歯を食いしばってやらなければなりません。そうして、我慢できずにまた再び私的な生活をして…。このように行ったり来たりして私的な側に入り込むときが多くなり、そうしてみると公的な善とは遠ざかる生活をします。これが今までの信仰生活というものです。それゆえ、私的な生活をするすべての人たちは、悔い改めなければならないということを、皆さんは知るべきです。
 皆さん、福を受けるのを願いますか? 永生するのを願いますか? そうするには、公的な人にならなければなりません。子供を教育するのにおいて、自分の息子娘だけ愛するなというのです。世界人のための、祭物的な息子娘として愛する父母にならなければなりません。そして、子供を懐に抱いてお乳を飲ませるときは、この地球星の人類を代表した母の立場で、人類を代表した幼い赤ん坊にお乳をやるという心で飲ませなければなりません。そして、自分の子供にだけかわいいとお乳を飲ませるのではなく、人の子も自分の子のようだという心情で対する母になってみてください。そのような母のお乳を飲んで育つ赤ん坊たちは、必ず偉大な人になるでしょう。すぐにはだめでも、一代、二代を経ていく間、必ずその後孫の中に世界を支配しうる人物が誕生するでしょう。これは公式です。そのようになるのです。

題目:「1%」
2012年から2013年に変わるのを目で見たことがありますか。しかし時代は確かに変わっています。私たちはそれをどのように確認していますか。普通は時計で確認しますね。しかし時計もどこまで正確かは疑問ですね。自然の変化は人によって感じ方が違うことがあります。実感がなければ意味がないのです。このとき変化を、どのように受け止めていくかが重要です。年末は一年の総決算なので、大変ですね。摂理も大変になることが多いのです。基元節という時を目前にして、私たちはどのように向かっていくのでしょうか。いつもと同じように迎えるのでしょうか。終わりという内容は、必ず始まりがついてくるのです。基元節が新しい歴史の始まりと考えれば、それまでの終わりに向かってどのように歩むのでしょうか。何かいいことがあるのかという程度に受け止めていないでしょうか。自分が立てた目標に向かって最善を尽くすときです。
昨日まで反対していた人が、今日、賛同してくれることもあります。伝道はできないものではありません。大変なことばかり話してくる食口がいます。いいこともあるはずなのに、悪いことばかり話す人がいるのです。変化というものは大変に考えると、もっと大変になります。
私的と公的の違いは何でしょうか。公的な時間とは天の前に自分がどのように向かっていくかを考える時間がそうです。教会にいる時間が必ずしも公的な時間とは限りません。ために生きる人生とは自分以上に相手のことを考えることです。
自分の心が望む通りになる時代が来ました。意識するところに望みが実現化するのです。基元節にこのような福があると信じて、がんばるところに天の役時があります。
今まで統一教会を悪いところだという人は、お父様のを悪く人が多かったのです。しかしお父様がすべてを整理して霊界に行かれました。ですから今は悪くいう人が少なくなってきたのです。
40日間の基元節を迎えるに当たり、私が何をすべきでしょうか。基元節の前に聖和されたお父様ですが、それまでに天の前に尽くされた精誠を誰もが知っています。1%の可能性であったとしても、精誠を尽くしていくことが必要です。今回の入籍祝福式では、今までのすげての過ちを許すといわれています。しかし、何度も許してもらう自分のままでよいでしょうか。基元節まで40日となりました。一生を神様のために行かれたお父様を慕いながらがんばって参りましょう。