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礼拝説教

10月17日礼拝説教

訓読 天聖経「礼節と儀式」
 神様を心の中に侍り、私たち人間が体の立場で完全に一つになることのできる起源をつくらずしては、この悪魔の世界を清算する道がありません。このような観点から見る時、侍る時代、侍義の救援時代だと見るのです。侍ることによって救われるのです。
 神様は、あの空中に掛け離れている神様ではありません。私たちの生活圏内の主体者としての神様に侍らなければなりません。
 皆さんは、神様がいらっしゃることを1日に何回自覚しますか。24時間の中で何回神様がいらっしゃることを感じますか。「侍ることによって救いを受ける」と言う人たちが、24時間の中で1、2時間ぐらい侍っていてよいでしょうか。空気よりも切迫して必要なのが神様です。水よりも切迫して必要なのが神様です。御飯よりももっと貴いのが神様です。ところで皆さんは、そのように感じられますか。
 これから皆さんは、侍る生活をしなければなりません。今までの信仰生活は信仰によって救いを受けましたが、これからは侍ることによって救いを受けます。本来堕落しなかったならば、神様に侍ることによって私たちが行くべき道を歩むことができたのです。侍るには、皆さんの生活と心で共に侍らなければなりません。
 侍る生活をしなければなりません。願いの天国は迎えましたが、侍り実践しながら生活できる天国は迎えられませんでした。すなわち、生活的な主体の神様を知りませんでした。
 私たちがこのように習い、聞き、侍る生活をするのは何のためですか。6000年間、人類があえいできた目的は何ですか。それは聖書に流れている神様の事情を知り、神様の心情を知るためです。
 民族や国家は言うまでもなく、個々人をおいても父母の心情をもって対し、傷つき、躁潤され、排斥され、引き裂かれてこられた神様が私の父だということを知るためです。

題目 「中心を中心として動く」
 我々は物事を大きな次元で考えなければなりません。神様はただ宇宙を創造したわけではありません。動物、植物、鉱物世界などは人間のために存在します。それでは人間は何のために存在しますか。それは宇宙を創造した根本である神様の為に存在し、愛を完成するために存在します。人間は親である神の願いに応えることが、人生の目的です。人間を創造した神様を抜いて、人間の存在価値は無いのです。人間は万物の霊長として創造それたので、動物のような生活をすることが目的ではなく、神様の愛を相続し、神様に美を返すことが、人間の創造目的です。しかし、サタン世界は自分を中心として生活するので、争いが起こるのです。この花を見てください。花びらは中心の雄しべ雌しべを守るように創られているのです。花びらが中心を支えているのです。中心を中心として存在しています。動物世界も同じです。ですから人間は神様、父母様を中心として動くようになっているのです。人間は自然界見て悟るようになっているのです。群れを作って中心を中心として動くのです。
親孝行とは自分以上に神様を優先して生きることです。私は報酬のために牧会者をするのではなく、皆と一緒に天国に行きたいからです。鳥や魚など動物世界も一緒に同じ方向に動くのです。そのような心情を中心として生活することが必要です。世界のどこよりも私たちが一緒になって生活することが必要です。
 今日に弁論大会での二世の証しを聞きましたね。親が、自分の家庭以上に、ほかの人のために生きる姿をなかなか理解できなかった。しかし、今になってその素晴らしさがわかってきたといっていました。正しく生きれば、いつかは子供たちはわかるのです。親を誇るようになるのです。そのような伝統を相続していくことが必要です。天が願う伝統がこの地に定着するかがどうかが重要です。御父母様が今何を願っているのか、それを中心として生きなければなりません。そうすれば、御父母様がすべて責任を取ってくださるのです。何が宝物なのか、それを見極めて生きなければなりません。
 後父母様は全てを投入して、私たちに祝福を与えてくださったのに、礼拝や公的な集会に参加しないということはありえないのです。絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。自分を中心とした判断基準はありえません。メシヤを証し、親を誇る私でなければなりません。それが祝福家庭です。そのような誇りを持って生活するのです。
 お父さんが帰ってきたら、家族全員で迎えていくという侍る生活が必要です。そのような生活が本当に楽しいのです。そのような生活が神様と真の父母様に侍る生活につながるのです。教会が皆さんを捨てるようなことがあったとしても、教会に来ることを願う皆さんでなければなりません。不平不満は無いのです。生活の全てが神様と真の父母様です。神様が最優先です。全てが神様のものです。ですから、統一教会に来たら身も心も全て神様に捧げるのです。聖書をよく読み、原理講論をよく読めば、献身するようになっているのです。我々は神様の手と足なのです。
 天福函を通して我々の生活が変わっていきます。今、御父母様が願っている内容を知らなければならないし、伝えていかなければなりません。個人個人は全体の為に生きるのです。それが宇宙のルールです。愛する人のためには大変な力が出てきます。一番パワーが出るのが神様の愛なのです。私たちを24時間愛してくださる神様の愛のパワーを感じなければなりません。皆さんが礼拝に来るとき、神様に会いに来るという気持ちで来るべきです。一週間の喜びの内容を報告していくのです。着てくる洋服も、神様に見せるために着てくるのです。
 先日、日蓮宗の信仰を持つ婦人が尋ねて来ました。その方は神様の存在を否定しています。我々は被造世界を見ながら神様を研究しています。その途上です。それに対してその婦人はまだわからないのかといってきました。その婦人は、私を伝道するために一人で教会を訪ねてきました。その情熱と姿勢は素晴らしいです。しかし、神様のことを信じることのできない人生は可愛そうな人生です。
 先週、10・14の祝福がありました。これから聖酒を飲ませた方全てに、祝祷のビデオを見せていかなければなりません。今週一週間、神様に美を返すことのできる一週間としましょう。