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礼拝説教

12月12日 礼拝説教

訓読 天聖経「礼節と儀式」
A信仰教育がもっと重要
 子女たちの信仰教育が学校教育よりも重要です。お父様の考えはみ旨を中心とした考えであり、皆さんの考えは個人的な考えです。信じて行うものには創意力が生じます。
 祝福家庭の子女は、心情教育を通して人格者として育て、規範教育を通して誇り高い選民として育て、天才教育を通して天が与えた才能を100パーセント発揮させて、み旨の発展に寄与しなければなりません。
 勉強するとき、なぜ疲れを感じるのでしょうか。自分のために勉強するので疲れを感じるのです。しかし3000万が死ぬか生きるかの問題がここ1ページにかかっており、一つの文句にかかっていると思ってみてください。一つの単語を付け加えることによって3000万が生き、一つの単語を減らすことによって3000万が滅びるという心で、もっと精誠を尽くしてその一つの単語を付け加えるという、深刻な心で勉強してみなさい。
 頭が悪いからではありません。皆さん、深刻な立場にいたことを忘れることができますか。命を懸けてしなさい。皆さんはどきどきする心臓の鼓動を感じる時があるでしょう。深刻な時はそうです。そのような深刻な立場で、皆さんが決心したのを忘れることができますか。頭が悪いというのもみな程度の問題だというのです。先生も苦学を通して学業をしました。虎は子供の野性を育て、山中の王として育てるために、過酷な試練と酷烈な訓練をさせることを知らなければなりません。
 金属の塊も火に当てるほど強くなるという原理も、子女を教育する時には1度は考えてみなければなりません。
 父母が生活に困って心ゆくまで物質的な恵沢をもたらすことができなかったとしても、骨の中にしみ込んだ愛の心をもって子供のために生きる時、彼らは父母に借りをつくるというのです。それで孝子は貧乏な人の家庭から多く出るというのです。
 父母がそのような伝統を残したので、その子供が借りをつくるまいと努力する時、父母も生きがいを感じます。

題目 「福をよく受けられる人」
昨日、山本地区長を迎えて世田谷教会入堂式が行われました。これからが本当の出発だと感じます。木はしっかりと根が張ってこそ伸びることができます。私たちの信仰もそうでなければならない。私たちが子に伝授することは真の愛です。自分の為に勉強するのか。親の為に、神様の為に勉強するのであれば、これほど素晴らしいことはありません。
自然界を見れば、調和しているものが美しいということを感じます。神様を中心として調和してこそ、初めて美しく見えるのです。本然の自分を隠して、作った自分を表現するのはつらいことです。そこには喜びが無いのです。喜びはどこから来ますか。我々の心の中から出てきます。外からではありません。怒り、人を憎んで喜ぶ人がどこにいるでしょうか。本当の喜びとは、感謝して、肯定的な気持ちになったときに喜びを感じるのです。自分が選ばれて生まれ、教会に来たこと、み言に出会ったことに、喜びを感じるのです。感謝と肯定的な気持ちが必要です。そのような内容を持って生活すれば、本当に楽しいのです。そして、真の父母様から祝福を受けたことがどれほど喜びでしょうか。天国に入りたいのであれば、み言を訓読しなければなりません。み言に全ての答えがあるのです。肯定的な生活ができ、生きていることに対して感謝の気持ちが湧いてくるのです。
神様から尊い祝福を頂いたことに対して、皆さん、本当に感謝していますか。目を閉じた人にダイヤモンドを渡してもその価値がわかりません。邪魔なものでしかありません。しかい目を開いた人にダイヤモンドを渡すと、その瞬間表情が変わりますね。その価値がわかったときに、本当の喜びが湧いてきます。真の御父母様はみ言と言う宝物を与えてくださりました。み言の前に、目を閉じた人になっているのか、それとも目を開いてその価値をわかる人となっているのかが問題です。真の愛を天から充分にいただいているのに、それに気づいているのかどうかが問題です。
子供には正しいことを言いながらも、親自身が間違ったことをしていることが多いのです。そのような親が多いのです。しかし、子供にはわかるのです。教会に来ることが喜びです。教会に来ることによって、神様を中心とする生活に正されていくのです。献身することによって、物質を中心とした生活から、全て捧げてゼロになることによって、神様を中心とする生活ができるようになるのです。今まで自分のために生きてきたことを悔い改めて、為に生きる生活をしていきましょう。それによって疲れることが無いのです。そのような心がけで、孝子・孝女となってまいりましょう。