ホーム 教会紹介 地域紹介 活動紹介 お知らせ お問い合わせ 全国の教会

礼拝説教

2月27日 礼拝説教

訓読 「牧会者の道」
 歴史の流れが暗澹(あんたん)たる方向に行く時、その歴史を創造していく立場に立った人たちは、時代的に、歴史的に、その時代において案内者になりました。しかし、このような案内者になる時までは、必ず開拓者の責任を負っていかなければならないのです。
 開拓者は、ある目的に向かっていく時に、誰よりも強くなければなりません。それは、新しい世界を自ら求めていくには、苦難の中で、信仰と生命まで懸けなければならない闘争が伴うからです。したがって私たちは、開拓者が行く道が難しければ難しいほど、必ず、それに比例して冒険が増えるようになるという事実を知らなければなりません。
 それゆえに、開拓者は目的地に向かって、誰も知り得ない困難を打開していく責任者にならなければなりません。このような困難な過程を克服した勝利者にならなくては、開拓者の名分を備えることができないのです。ですから、開拓者を願うことは、学生が先生のような案内者を必要とするのと同じです。
 今日、国家が新しい方向性を模索するような時においても、必ず案内の役割をする指導者が必要です。また、歴史上においても、やはり同じです。このように、歴史的な新しい目的を追求し、その目的を達成するためには、必ず困難な使命を負う開拓者の立場に立たなければならないのです。開拓者の立場に立たなくては案内者の役割をすることができないという事実を、私たちは、環境的与件を見てもよく分かります。
 このような観点で見るとき、人類を救援する復帰摂理路程においても、やはり、神様のみ旨を中心とした案内者が必要なのです。

訓読 「開拓者の道」
開拓者と言う内容は新しい道・世界を創ることの人を言います。今では統一教会も、ある程度基盤ができて開拓する時代ではないと感じるかもしれませんが、もう一度考えてみなければならないと思います。開拓者とは道なき道を行く人を言います。道を示してくれるものがなく歴史もなく方向もないのです。開拓者とは自分自身が歴史を創る人であり、方向性を創り探していく人です。日本の政治・経済・文化のことで考えれば、日本が世界の為に役に立つことができるかと考えてみました。
2年前、東京でオリンピックを開催するために召致申請しましたが、認められませんでした。そういう面では、前が見えない時代に入っています。今、政治を見ても、皆どこに向かってよいかわからないのです。民主主義を目指しながらも本来の姿になっているのか。誰もが選挙を通して日本がよくなることを期待しています。今は方向性が見えていないのです。世界も日本を認めていないのです。日本には物理的な基盤はあります。オリンピック招致が負けた理由は、日本国民が日本でオリンピックを開催したいという熱意がないからです。いつも自分の国、自分のためだけに生きるようになったのかもしれません。
このような時代だからこそ、私たちが真の家庭運動を通して、開拓者の道を行くべきです。歴史を創造していくのです。この国が行くべき道を案内していくのです。世界の為に生きる日本になってこそ、世界が日本を認めます。今、日本が行くべき方向性がわからないから、私たちこそが日本の方向性を示さなければなりません。それが開拓者の道なのです。誰も行った事のない道を行くのです。
アベルも神様の前に新しい道を創っていかなければなりませんでした。アベルは親である神様の立場で考えなければならなかったのです。カインのことも考えなければなりませんでした。ノアは120年もかけて箱舟を作りました。誰もできない、神様から与えられた責任を開拓していきました。モーセは自分なりに開拓者の道を歩みましたが、その責任が大きくて、その使命が果たせませんでした。イエス様の人生は誰よりも可愛そうな道でした。結婚もできずに人生を終えなければならなかったのです。今では、多くのクリスチャンたちがイエス様を讃えますが、当時は何の基盤もなく開拓の道を行かれました。
今、真の御父母様の自叙伝が出版されました。平和を愛する世界人としてというテーマです。お父様は、お父さんの背中を見ながら平和を感じたと書いてあります。16歳のときに既にそのような悟りを開いていたのです。
皆さんも開拓者の道をいくようになっていたので、導かれたのです。お父様が氏族メシヤを教えてくださりました。しかしそれはゴールであり、自分の氏族を導く道は、自分自身が開拓しなければなりません。真の人間の道を開拓していくのです。私たちの人生自体が開拓の道なのです。新しい道を行くので、迫害もあるのです。
いつかこの国が世界のために生きなければならないと悟ったとき、私たちが開拓した道が認められるのです。開拓とは現在を基準にするのではありません。未来に向かっていくものです。メシヤとは見えない未来を見て、私たちを導く方です。40年前から統一教会は日本が世界のために生きなければ、中心国家になれないと訴えてきました。
私たちは開拓者として準備していく者とならなければなりません。統一食口は日本を、世界をリードしていくものとならなければなりません。統一教会が日本の未来を示すことができるようにならなければなりません。私たちは新しい世界を如何に開拓していくかが問題です。新しい歴史を開拓する世田谷教会になって行きましょう。