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礼拝説教

4月10日 礼拝説教

訓読:「牧会者の道」
使命に対する自覚
 万民に対して、自分が責任をもっていく立場、民の生命に責任をもっていく立場、あるいは、自分が身を置いている郡ならば郡、面ならば面にある、数多くの生命に責任をもっていく立場は、一人お父様と関係を結ばなければならない祭物の立場であることを知っております。心から、お父様の前にささげることのできる自分の価値がどんなものであるかを確定し、あなたは全知全能であられる方で、完全なるお方であるので、あなたの前にささげられた一つの祭物も、完全なるものとしてささげられることを願う心をもって、すべての精誠を尽くし、すべての忠誠を尽くし、お父様の前にささげる生活が生涯路程とならなければいけないということを、我々は知っています。
 皆さん、「シルバー・ストリート」という映画を見ましたか? その映画を見た人は手を挙げてみなさい。おお、多いね。全くそれと同じですよ。今、人間の生命が地獄に向かって走っているのです。運転手がおらず、今、正に走っているのに、その中で踊りを踊って「ああ、いいなあ」と、今、扉の壁にぶつかっているのに「ハハハハ」と笑ったりしているというのです。
 では、それを知っている人はどうしますか? 知っている人は冒険をしなければならないでしょう。知っているなら、じっとしていられるかというのです。神様が見られる時、そこに自分の息子、娘たちがたくさん乗っているのに、「いいなあ、いいなあ」と言われるでしょうか? 「ああ、あれで当然だ」、そう言われるでしょうか? 。それを知って、自分の生命を覚悟し進んでいくようになれば、その人が地獄に行く人でも、天国に連れていくのです。そうして蘇生すれば、天国に連れていくことができるのです。
 今、国が滅び、世界が滅びる、世界が今地獄に走っていく、このような状況なのに、そこで冒険をして私が死ぬようになれば、地獄に行くだろうかというのです。最高の天国に行くことができるのです。それが何のことか、分かりますか? 。そのような考えをしなければなりません。皆さん方はそのような人になれ、というのです。そのような人をつくろうというのです。それは悪いことですか? そう、不平はないですか?

題目:「使命を受けた者」
韓国で発展しているキリスト教会があります。神学大学などでは模範となっている。多くの教会が国内にあり、海外にも多くの宣教師を送っています。その教会の教会長を訪問しました。実はその教会長は原理のみ言を聞いたことのある方でした。礼拝の時、聖歌隊も民族衣装を着て歌い、説教の時も責任を持っている3人の牧師が同時に登壇して説教を行っています。語る説教の内容は、ほとんど原理の内容です。しかしメシヤという表現ではなく、使命者が来られると言っています。原理は誰かが研究することによって解明するものでしょうか。もし文鮮明先生が、自分がメシヤだと言わなかったなら、今のような迫害はなかったでしょう。そのキリスト教会の教会長は、自分がメシヤだとは言わないのです。
今桜が満開ですが、なぜ桜はこんなにも美しいのでしょうか。万物は美の対象ですね。私たちにとっては喜びの桜ですが、東北地方の方にとってはどうでしょうか。神様は統一教会だけの神様ではありません。またメシヤも統一教会だけのメシヤではありません。全人類の神様でありメシヤです。そのような自覚がありますか。喜びの、感動の美の対象にならなければならなかった万物が人間の堕落によって神様の悲しみの対象となったのです。神様は必ず万物の創造目的を完成させなければならない責任があります。東北地方で震災を受けた方々が、親や家族を失って、今どのような心境でしょうか。神様の心情と通じる世界があるかもしれません。春を迎えても、本然の春を迎える気持ちとは違うのです。
今私たちは、すべての人々の恨みと嘆息の思いから救ってあげなければなりません。我々統一教会は個人的な罪や恨みを精算するのではなく、宇宙的な神様の恨みを精算しなければなりません。毎週土曜日に、聖地祈祷会を行っていますが、個人的な内容を祈るのではなく、如何に人類のことを祈ることができるかが重要です。
ノア家庭は、洪水審判のあとも、前と同じ悔い改めの生活をしていれば、失敗はしなかったでしょう。いま、被災者の方は生きていることに感謝し、食べることに心から感謝しています。しかし、この感謝の思いを継続して持ち続けていくことが重要です。もし昔の習慣性に戻ったら、どうなるでしょうか。モーセも民族を率いてカナンの地に向かいました。イスラエル民族は奇跡が起きたときは感謝したのですが、時間がたつと再び不平不満を言うようになりました。このようなイスラエル民族を見て、モーセは憤り、石板を2回たたき、イエス様の行く道を難しくしてしまいました。
今回の震災は、神様の摂理から見てなかなか理解ができませんでした。私たち韓国牧会者を日本に送ったのに、なぜこのようなことが起きたのかと、祈りました。私たちが日本に派遣されるとき、お父様は、霊的にペチャンコになった日本を救いなさいと言われました。今、福島原発が危険な状態です。今回、福島原発の事故を収集するため180名の人たちが命がけの作業を行っています。私たちが日本に派遣されるとき、180名が派遣されたのです。このようなことを見たとき、私たちが命がけで霊的に日本を救っていく立場にあると気づかされました。
モーセには使命がありました。第一に自分の恨み、民族の恨みを解放するのではなく、神様の恨みを解放していく道を行くのです。また第二に救援摂理歴史の中での神様の悲しみを解放していく使命がありました。そのためには、見えないサタンとの戦い、見えるサタンとの戦いに勝たなければなりません。
神様のみ旨は大変な道です。しかし神様は人間にできないようなみ旨を与えることはしません。統一教会の食口は、命がけで福島原発の作業に当たっている方々以上の心情で、み旨を全うしていくべきです。そのような世田谷教会となっていきましょう。2011年、2012年あとわずかで2013年になります。お父様と共に日本が勝利したという記録を残していきましょう。私は今まで教会を建設してきました。それは、お父様を教会にお迎えしたいという心情で建設しました。一日も早くお父様を日本にお迎えしたいのです。そのような決意を持って今週一週間歩んで参りましょう。